大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成6年(行ウ)7号 判決 1998年1月29日

原告

松尾洋

外一二名

右一三名訴訟代理人弁護士

上条貞夫

松井繁明

志村新

橋本佳子

菊池紘

大野裕

中野和子

中村文則

則武透

大川原栄

被告

東京都

右代表者東京都知事

青島幸男

右指定代理人

小林紀歳

外四名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告らに対し、それぞれ金一〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、東京都地方労働委員会(以下「都労委」という。)の第三一期労働者委員の任命にあたり、任命権者である東京都知事(以下「都知事」という。)が、日本労働組合総連合会(以下「連合」という。)系の労働組合が推薦する候補者を労働者委員に任命し、原告らが推薦する候補者を労働者委員に任命しなかったのは違法であると主張して、原告らが被告に対し、国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条一項に基づく損害賠償を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  当事者

原告全国自動車交通労働組合総連合東京地方連合会(以下「原告自交総連東京地連」という。)、原告東京地方医療労働組合連合会(以下「原告東京医労連」という。)、原告全日本金属情報機器労働組合東京地方本部(以下「原告JMIU東京地本」という。)、原告化学一般全関東地方本部、原告全日本運輸一般労働組合東京地方本部、原告東京水道労働組合、原告全国印刷出版産業労働組合総連合東京地方連合会、原告全日自労建設農林一般労働組合東京都本部、原告全国信用金庫信用組合労働組合東京地方連合、原告全労連・全国一般労働組合東京地方本部(以下、右原告一〇組合を指すときは「原告組合ら」という。)は、いずれも全国労働組合総連合(以下「全労連」という。)の地方組織である東京地方労働組合総連合(以下「東京労連」という。)に加盟する単位産業別労働組合であり、連合及びその地方組織である日本労働組合総連合会東京都連合会(以下「連合東京」という。)のいずれにも加盟していない。

平成五年一一月一日当時、原告松尾洋は原告JMIU東京地本の副執行委員長、原告浅見実は原告自交総連東京地連の執行委員長、原告菅原均は原告東京医労連の執行委員の職にあった者である(以下、右原告ら三名を「原告松尾ら」という。)。

都知事は、労働組合法(以下「労組法」という。)一九条の一二第三項に基づく都労委の労働者委員の任命権者である。

2  第三一期労働者委員の任命

都知事は、第三〇期労働者委員一三名が平成五年一〇月三一日をもって任期が満了するのに伴い、労組法施行令二一条一項に基づき、同年六月一四日付け東京都公報第一〇五四〇号をもって、受付期間を同日から同年七月二三日までとする第三一期労働者委員の推薦に関する公告を行った。原告組合らは、同年七月二一日、都知事に対し、原告松尾らを第三一期労働者委員に推薦した。そして、原告松尾らのほか、一五名の労働者委員の推薦があり、定数一三名に対して一八名の推薦があったが、都知事は、同年一一月一日、そのうち連合東京に加盟する労働組合が推薦する一一名及び東京都地方労働組合評議会(以下「東京地評」という。)に加盟する労働組合が推薦する二名を第三一期労働者委員に任命した(以下「本件任命行為」という。)。

二  争点

1  本件任命行為の違法性

(原告らの主張)

(一) 全労連、連合に別かれた労働界の現状

平成元年一一月、連合と全労連が発足して以来、我が国の労働組合の系統は、全国的に連合系と全労連系に大きく分かれ、現在に至っている。この二つの系統は、その組織の基礎である各地方及び各職場で相互に組織の拡大、強化にあたって組合員となるべき労働者を争奪する関係にあり、東京における東京労連と連合東京の関係にも典型的に表れている(因みに、平成五年六月時点における被告(労働経済局労政部)の調査結果によれば、各労働団体の構成人員は、連合東京が約九八万名、東京地評が約三九万名、東京労連が約一六万名であるとされている。)。このような全労連対連合、東京労連対連合東京の対立、対抗関係は、労働運動についての考え方や運動路線、具体的方針を異にすることに由来していることに加え、連合系の労働組合は、その時々の労働者の権利に関する様々な労使問題に対して使用者による既存の労働組合(第一組合)の執行部攻撃と他方で労使協調路線賛美の呼び掛けに応じて新たな労働組合を旗揚げするや否や、いち早く使用者からの認知を受け、以後様々な面で優遇策を受けつつ今日に至っているという点で決定的に異なっている。同じ職場にそれぞれ系統別の労働組合が存在する場合、使用者は、労使協調路線をとる連合系の労働組合を優遇する一方で、これに対立、対抗する全労連系の労働組合を不利益に取り扱うなどしてその弱体化を図る。その結果、組合間差別の問題が生じ、不当労働行為救済申立ては、必然的に連合系以外の労働組合のものが圧倒的に多くなる。現に、本件任命行為直前の平成五年一〇月時点における都労委に係属中の不当労働行為救済申立事件のうち、連合東京系の労働組合の申立てにかかる事件は全体の約七パーセントを占めるにすぎないのに対し、東京労連系の労働組合の申立てにかかる事件数は全体の約一二パーセントを占めている。加えて、連合東京系の労働組合に所属しつつ、組合執行部がとる連合東京の方針に反対する組合員ら(その多くは東京労連と連帯する立場で活動している。)が個人で申し立てている事件数が全体の約二五パーセントも占めている。

(二) 労組法一九条一項の「労働者を代表する者」の意味

(1) 労組法一九条一項は、労働者委員を「労働者を代表する者」と規定しているが、そもそも、労働界には運動の基調を異にする系統の異なる労働組合が現に併存しているという厳然たる事実が存在する。したがって、この現実に相対立、対抗している多様な意見、系統の利益が公平、公正に労働者委員の構成に反映されてはじめて当該労働者委員は労組法一九条一項の「労働者を代表する者」になりうると解される。逆にいえば、労働界の現実に目を向けることなく、系統間の公平、公正な配分を無視して特定の系統だけから任命したり、一部の系統をことさらに排除することは、一部の労働者の利益を選別するものであって、労働者全体の利益を代表する労働者委員の任命とは到底いえない。

(2) 労働者委員の系統別任命は、従来から全く異論をみなかった。これは、労働者委員が真に「労働者を代表する者」であるためには、労働界の実態を公平、公正に任命に反映させなければならず、そのような労働者委員の任命が推薦組合と候補者の制度上保障された法的利益であるという基本認識が、任命権者にも推薦組合、候補者側にも労働委員会発足当初から共通して確立していたからにほかならない。このことは、労組法制定当初における国会議論や労働省が都道府県知事宛てに発した昭和二四年七月二九日付け次官通牒(労働省発労第五四号。以下「本件通牒」という。)において、「委員の選考に当っては、産別、総同盟、中立等系統別の組合数及び組合員数に比例させるとともに貴管下の産業分野、場合によっては地域別等を充分考慮すること」とされていることからみて明らかである。

(3) 現に、都労委においても、連合が発足する以前の第二九期(平成元年一一月一日任命)までの分は、本件通牒と労組法の趣旨を踏まえた人選が行われ続けてきたのである。しかるに、本件任命行為は、前記各労働団体の人員構成の比率に照らして、不公正、不公平である。

(三) 労働者委員の権限、法的地位

労働委員会は、使用者による団結権侵害から労働者、労働組合を救済する目的で設けられた不当労働行為救済制度の中核を担う機関である。そして、労働者委員は、労働委員会が労働者、労働組合の団結権擁護の使命を果たすうえで欠くことのできない様々な役割を担う立場にある。労働者委員が不当労働行為救済申立事件の参与委員(労組法二四条一項)として果たすべき役割は、とりわけ重要なものである。不当労働行為救済申立事件における調査、審問や和解手続では、労働者委員は、申立人である労働者、労働組合との間に信頼関係があってはじめて事件を正しい解決へ導くことができるのである。ところが、激しく対抗、対立する系統別労働組合の一方から不当労働行為救済申立てがなされた場合、他方の系統に属する労働者委員がその事件に参与しても、もともと根本的に運動の基調を異にする立場にありながら、対抗、対立する系統の申立人の権利主張を十分に理解し、申立人のために努力を尽くして事件の正しい解決へ導くということは、現実には到底不可能である。

(四) 連合東京偏重、東京労連排除の意図

(1) 前記のとおり、都労委の労働者委員は、第二九期まで系統別労働組合の構成人員数等に従った任命がなされていたが、第二九期の任命直後、連合及び全労連がそれぞれ発足し、第二九期の任期中に連合東京が結成され、これに東京同盟、新産別東京系及び東京中連系の大部分と東京地評から一部の組織が参加した結果、第二九期の構成は、連合不参加の東京地評系が三名、連合東京系が一〇名となった(なお、平成二年三月には、東京労連の全身である東京労連準備会が発足していた。)。したがって、それぞれの系統別労働組合の構成人員数に従った任命がなされたならば、第三〇期労働者委員の任命のうち、連合東京系の労働組合が推薦する者の任命は一〇名を下回る状況であった。ところが、都知事は、第三〇期労働者委員に連合東京系の労働組合が推薦する一一名を任命し、東京労連準備会に参加する労働組合が推薦する四名は全員排除し、東京地評系の労働組合が推薦する者は従来の三名から二名に減じた。東京労連準備会に参加する労働組合が推薦する四名及びその推薦労働組合らは都知事に対し、第三〇期労働者委員任命に対する異議申立てを行ったが、都知事は、申立ての利益がないことを理由に右申立てを却下した。

(2) 前記のとおり、被告の労働経済局労政部は、平成五年六月当時における各労働団体の構成人員を把握していた。また、東京労連は、第三〇期労働者委員の不公正な任命、とくに連合東京との間で事前調整が行われたのではないかという疑念も踏まえ、本件任命行為に先立ち、同年九月二日以降、担当部署である労働経済局等に対し、第三一期労働者委員の公正な任命の実現を申し入れるなどして交渉を重ねた。しかし、労働経済局は、東京労連の右申入れ、交渉内容や各労働団体の構成人員数を無視し、連合東京との間で水面下で非公式の会談を行うことによって、連合東京系の労働組合が推薦する一二名を一一名に絞り込んで労働者委員に任命することを決定するという非民主的、不公正な手法を堅持した。その結果、都知事は、第三一期労働者委員の任命においても、連合東京系の労働組合が推薦する一一名を労働者委員に任命する一方、東京労連系の原告組合らが推薦する候補者を一名も任命しなかった。

(3) 以上のとおり、都知事は、第三一期労働者委員から東京労連系の原告組合らが推薦する原告松尾らを排除する意図を有していたことは明らかである。

(五) 第三一期労働者委員の不適格性

第三〇期労働者委員の構成は、連合東京系が成嶋久雄(以下「成嶋委員」という。)ほか一〇名の合計一一名、東京地評系が二名であったが、成嶋委員は、その任期が始まるや否や、各労働者委員間に不当労働行為救済申立事件の担当事件数の偏りがあるのでこれを平準化する必要があると称して、申立人の希望どおりの労働者委員が不当労働行為救済申立事件に参与するという従来の慣行を強引に崩そうと画策した。その結果、成嶋委員は、これに反対する申立人との間に大きな摩擦を生じさせ、都労委に著しい混乱を生じさせた。そして、連合東京系の他の一〇名の労働者委員も、成嶋委員の画策に反対することなく、むしろ追随して都労委の混乱の一端を担った。したがって、成嶋委員らが不当労働行為からの救済を目的とする労働委員会の労働者委員として不適格であることは明らかである。

(六) 原告松尾らの労働者委員としての適格性

右のとおり、成嶋委員らによる従来の慣行破棄により、都労委に著しい混乱が生じたが、その根本には、都労委では、反連合、非連合系労働組合らが申し立てた事件が相当割合を占めていたにもかかわらず、連合東京系の労働者委員が圧倒的多数を占めていたため、申立人である反連合、非連合系労働組合、労働者との間で信頼関係を築くことのできる労働者委員が著しく不足していたという状況があった。こうした状況では、東京労連系の原告松尾らが第三一期労働者委員に任命されることこそ、現状の問題点を根本的に解決する鍵となるのであり、第三一期労働者委員として正に適任であった。しかも、原告松尾らは、労働組合の経験が豊かで、労働者の権利闘争や不当労働行為救済申立事件などの労働争議に長年かかわってきており、労働者委員として必要な素質、すなわち、①常に申立人である労働者、労働組合の立場を理解すること、②申立人の立場に立って事態を早期に解決する熱意を持つこと、③労働法規や労働組合、労働運動の実情に明るいことの三点をいずれも兼ね備えている者である。したがって、原告松尾らは、第三一期労働者委員としての適格性を有していることは明らかである。

(七) 以上のとおり、本件任命行為は、労組法の趣旨、労働者委員の法的地位、権限等の重要性を無視し、しかも、都知事は、連合東京偏重、東京労連排除という不公平、不公正な意図を有しており、労働者委員の適格性という点でも成嶋委員らには問題があったのであるから、裁量権の逸脱又は濫用であって違法である。

(被告の主張)

都知事の本件任命行為は、都労委の労働者委員という特別職の地方公務員(地方公務員法三条)の任命であるところ、任命行為は相手方の同意を要する行政行為又は公法上の契約であり、その性質上、本来、任命権者である都知事の広範な自由裁量に委ねられている。そして、労組法上、都道府県知事の労働者委員任命行為は、労働組合の推薦を受けた者の中から任命するという拘束を受けるが、定数以上の被推薦者があった場合にその中の誰を労働者委員に任命するかは任命権者の自由裁量に委ねられている。したがって、都知事が労働組合から推薦された者を審査の対象として任命行為をした結果、被推薦者数が労働者委員の定数を上回ったため、労働者委員に任命されない者が生じたとしても、それは都知事の裁量権行使の当、不当を問題にすることに帰着するから、本件任命行為に違法の問題が生じる余地はなく、また裁量権の逸脱又は濫用もない。

2  原告らの被侵害利益の有無

(原告らの主張)

(一) 不法行為の成立要件とされる権利侵害及び侵害行為の違法性のうち、権利侵害とは、法的に保護されるべき利益の侵害で足りるのであって、侵害の対象が必ずしも法律の明文をもって規定された権利である必要はない。

(二) 労働界が系統別労働組合に厳然と分かれている現実のもとでは、労働者委員は、系統別労働組合の利益を保護することを前提としてはじめて労組法一九条一項の「労働者を代表する者」として労働者全体の利益保護の役割を果たすことができる。これを原告らが侵害された権利ないし利益の性質に照らして述べるならば、労組法が保障する労働組合の労働者委員の推薦権は、被推薦者の任命を請求することができる実体的請求権であるとまではいえないとしても、任命手続の中で単に推薦することができるにすぎないという形式的権利にとどまるものでもない。

そもそも、労働者委員は、使用者による不当労働行為を自らの力では排除することのできない労働者、労働組合を救済するために存在する。そして、相対立、対抗する系統に分かれた労働界にあって、自らの系統に属する労働者、労働組合に対して加えられた不当労働行為からの救済を労働委員会制度によって実現し、傷つけられ、損なわれた団結権を回復することは、当該系統に属する労働組合の団結権の一内容をなすものである。この団結権の内容を実現すべく自らの系統に属する労働者委員を持つためには、資格のある労働組合を通じての労働者委員の推薦が、任命手続において系統別に適正に考慮した公正、公平な判定を受けることがなければならない。それは労組法の沿革と合理的解釈から導かれる具体的権利であり、推薦組合の団結権の内容をなすものであると同時に、被推薦者が自らの系統の労働者、労働組合に団結する権利としての内容をなすものである。また、任命手続において、適正な判定を受け、明らかに不合理な差別その他の違法な理由によって任命されないことのない扱いを受けることは、被推薦者個人はもとより、推薦組合にも保障された人格権でもある。

このように、本件任命行為によって原告らが侵害されたものは、団結権ないし人格権としての具体的な権利であって、法的権利又は法的保護に値する利益として損害賠償請求の要件を満たしているというべきである。

(三) 本件任命行為による最大の被害者は、都労委に対して不当労働行為救済申立てを行っている労働者、労働組合である。そして、本件任命行為により、右労働者、労働組合の原告組合らに対する期待は大きく裏切られ、原告組合らの組織としての現実の力に対する組合員らの失望をも招く性質のものであり、ましてや不当に偏重された連合東京と労働者委員を持つことのできない東京労連に対する誤った世評や未組織労働者、原告組合ら以外の労働組合の一般組合員らに与えたであろう影響は無視できない。また、原告松尾らは、本件任命行為によって、任命された連合東京系の一一名の労働者委員よりも劣るとの社会的評価を受け、社会的名誉を侵害された。

原告らが被ったこれらの損害に対する慰謝料は、少なくとも各原告につき九〇万円を下らず、また、各原告が本件訴訟の提起及び遂行を訴訟代理人に委任したことにより支払うべき弁護士費用は、それぞれ一〇万円を下らない。

(被告の主張)

(一) 労働者委員の任命を労働組合の推薦にかからしめたのは、地方労働委員会(以下「地労委」という。)の職務及び権限の特殊性に鑑み、その構成員の中に労働者を代表する者を加え、地労委の権限行使の公正性を担保するためである。そうだとすれば、労組法上の推薦制度は、個々の労働組合や推薦を受けた個々の労働者の個別的利益の保護というよりも、むしろ労働者一般という公益保護を目的としていると解すべきである。したがって、定数以上の推薦があったため、偶々任命されなかった者がいたとしても、それは労組法が右の推薦制度を設けた反射的効果にすぎないから、任命されなかった者を推薦した労働組合は勿論、被推薦者には不法行為によって保護されるべき利益があるということはできない。

(二) また、前記のとおり、労組法上、都道府県知事の労働者委員の任命行為は、広範な自由裁量に委ねられているから、推薦者たる労働組合は都道府県知事に対し、自己の推薦した者を労働者委員に任命することを要求する権利を有せず、また、被推薦者が自己を労働者委員に任命するよう要求する権利も有していない。そうすると、労組法は、労働組合に対してその固有の権利として推薦権を付与しているものではないし、また、被推薦者は、都道府県知事から労働者委員に任命されることがあり得るという意味での期待権を有するにすぎないから、不法行為によって保護されるべき利益があるということはできない。

第三  争点に対する判断

一  本件任命行為の違法性(争点1)について

1 労組法は、地労委の労働者委員は労働組合の推薦に基づき、都道府県知事が任命する(一九条の一二第三項)と規定しており、地労委の労働者委員は、特別職の地方公務員(地方公務員法三条三項二号)とされている。そして、労組法は、一九条の一二第四項、一九条の四第一項所定の労働者委員の欠格事由に関する規定のほかに都道府県知事の任命行為を制限する規定を設けていないことに照らすと、同法は、都道府県知事の労働者委員の任命行為について、労働組合の推薦を受けていない者を労働者委員に任命することはできないという限りにおいて、その裁量権を制限しているものと解されるが、都道府県知事が労働組合の推薦する者の中からいかなる者を労働者委員に任命するかは、その自由な裁量に委ねられているのであって、裁量権の逸脱又は濫用がない限り、それは単に当、不当の問題が生じるにとどまり、国賠法上違法の問題を生じることはないと解するのが相当である。

2  本件任命行為について、都知事が労働組合の推薦を受けていない労働者委員を任命したわけでないことは、原告らの主張自体から明らかであるから、本件任命行為に裁量権の逸脱又は濫用があるかどうかについて判断する。

(一) 前記争いのない事実に加え、甲第二号証、第五号証、第一〇号証、第一二号証、第一四ないし第二二号証、第四六ないし第五一号証、第六四、第六五号証、第七二号証、第七五ないし第七七号証、第八三号証、第八七号証、第九二号証、証人森田伸夫、証人片桐公男、証人篠田哲守、証人深堀大輔、証人川村好正及び証人木下宏靖の各証言、原告松尾洋及び原告菅原均各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 連合、全労連の発足

平成元年一一月二一日、連合及び全労連がそれぞれ発足し、我が国の労働組合の系統が全国的に連合系と全労連系に大きく分かれた。東京では、同年一二月二〇日、連合東京が発足し、平成二年三月、東京労連の前身である東京労連準備会が発足し、平成五年二月一三日、東京労連が発足した。この二つの系統は、各地方及び各職場において相互に組織の拡大、強化にあたって組合員となるべき労働者を争奪する対立、対抗関係にある。

なお、平成五年六月時点における被告の労働経済局労政部の調査結果によれば、各労働団体の構成人員は、連合東京が約九八万名、東京地評が約三九万名、東京労連が約一六万名であるとされている。

(2) 都労委の実態

ア 不当労働行為救済申立事件の係属状況

平成三年一二月三一日時点における都労委に係属中の不当労働行為救済申立事件の総事件数一二六件の内訳は、東京労連準備会系は三〇件(23.8パーセント)、東京地評系は二八件(22.2パーセント)、連合東京系は一一件(8.7パーセント)、全国労働組合連絡協議会系は四件(3.1パーセント)、個人は一七件(13.4パーセント)、その他三六件(28.5パーセント)となっており、反連合、非連合系の労働組合や労働者からの申立事件が多数を占めている。

イ 平準化問題

都労委では、従前、不当労働行為救済申立事件において、申立人の希望どおりの労働者委員が調査、審問手続や和解手続に参与するという取扱いがなされていた。そのため、東京労連系(東京労連準備会系を含む。)や東京地評系の労働組合と同じ系統に属する労働者委員、あるいは非連合系労働組合出身の労働者委員が、申立人の希望により事件に参与することが多くなり、第三〇期の任期中である平成三年一二月三一日時点では、東京地評系の戸塚章介(以下「戸塚委員」という。)が参与委員として担当する事件数が他の労働者委員と比較して著しく多いという状況にあった。

都労委は、成嶋委員ら第三〇期労働者委員の要望を受けて、参与する不当労働行為救済申立事件の担当事件数の偏りを是正するため、同年一一月下旬ころから、申立人の希望どおりの労働者委員を参与させるという従前の取扱いを改め、必ずしも申立人の希望していない労働者委員を参与委員に割り当てるという運用をするようになった。その結果、東京労連系の労働組合や、連合系労働組合の執行部の方針等に反対する反主流派の労働者が申し立てた不当労働行為救済申立事件において、戸塚委員の参与を希望しても、同委員ではなく他の労働者委員(とくに対立、対抗関係にある連合系の労働組合出身の労働者委員)が参与することになり、申立人である労働組合、労働者と労働者委員とが対立して事件の調査、審問手続に入ることができなくなるなどの事態が生じた。

(二) 原告らは、労働界が系統別労働組合に厳然と分かれている現状では、系統別労働組合の利益が労働者委員の構成に反映されてはじめて労組法一九条一項の「労働者を代表する者」として労働者全体の利益保護の役割を果たすことができるのであり、労働界の現実に目を向けることなく、特定の系統だけから労働者委員を任命したり、一部の系統をことさらに排除することは労働者全体の利益を代表する労働者委員とはいえない旨主張する。

労組法が労働委員会の構成を公益委員、労働者委員及び使用者委員の三者構成とした(一九条一項)のは、労使紛争の処理は極めて高度の専門的知識を必要とし、労使内部の実情に詳しい者がその衝に当たることが適切であることや、紛争の当事者たる労使を代表する者のほか、一般市民の立場からの見解も加味して中間的、第三者的立場から公正な判断を行うことが紛争の迅速かつ公平な解決に資するなどの配慮に基づくものであると解される。そして、同法一九条の一二第四項が右のような衝に当たる労働者委員の任命を労働組合の推薦にかからしめたのは、任命権者の恣意を防止するとともに、任命に際し労働者の意思を反映させるためであると解される。そうだとすれば、同法の規定する労働者委員の推薦制度は、特定の労働組合や労働者個人の枠を超えた労働者一般の利益という公益の保護を目的とした制度であると解するのが相当である。

確かに、労働委員会を三者構成にした趣旨や労働者委員の推薦制度の趣旨からすれば、労働委員会を構成する労働者委員の任命にあたって、労働界の多種多様な意見等が公平、公正に反映されている方が望ましいとはいえよう。しかし、右の述べたとおり、労組法が規定する労働者委員の推薦制度は、労働者一般の利益という公益の保護を目的とするものと解されるのであって、労働者委員が特定の系統に属する推薦組合及び被推薦者の中から任命されるという利益まで保護したものと解することはできない。

なお、甲第一一八号証によれば、労働省が都道府県知事宛てに発した本件通牒には、労働者委員の任命について留意すべき点として、「委員の選考に当っては、産別、総同盟、中立等系統別の組合数及び組合員数に比例させるとともに貴管下の産業分野、場合によっては地域別等を充分考慮すること」が掲げられている。しかし、甲第八七号証、第一一八ないし第一二一号証によれば、本件通牒は、地労委の労働者委員の任命権者である都道府県知事が、その裁量により委員を任命する際に考慮すべき要素を例示し、その任命の指針とするために発せられた行政通達であることが認められる。そうだとすれば、本件通牒は、任命権者である都道府県知事の裁量権行使の基準、すなわち、処分の妥当性を確保するためのものにすぎないから、法的拘束力を有しないのは勿論のこと、本件通牒の趣旨に沿わない任命が行われたとしても、処分の当、不当の問題が生じるにとどまり、直ちに裁量権の逸脱又は濫用があると断じることはできない。

(三) 原告らは、労働者委員が不当労働行為救済申立事件において、参与委員として役割を果たす場合、申立人である労働者、労働組合との間に信頼関係があってはじめて事件を正しい解決へ導くことができるのであり、もともと根本的に運動の基調を異にする立場にある労働者委員が、対抗、対立する系統の申立人のために努力を尽くして事件を正しい解決へ導くということは、現実には到底不可能である旨主張する。

しかしながら、地労委は、公益委員、労働者委員及び使用者委員の三者構成による行政委員会であり(地方自治法一八〇条の五第二項二号)、労働組合の資格審査及び証明(労組法五条一項、一一条一項)、労働協約の地域への適用決定(一八条一項)、不当労働行為救済申立事件の調査、審問及び救済命令の発付(二七条)のほか、労働争議のあっ旋、調停及び仲裁をする権限を有する(二〇条)など、準司法的な機能を営むものとされているのであり、また、その構成員である三者委員は地方公務員とされている(地方公務員法三条三項二号)のであるから、その職務を遂行するにあたっては、とくに公正、中立性が要求されることはいうまでもない。さらに、先に判示したとおり、労働者委員は、任命された以上は「労働者を代表する者」(労組法一九条一項)として、自己の所属する系統別労働組合の利益の枠を超えて、等しく申立人たる労働組合、労働者の主張や利害等を明らかにして客観的に妥当な解決を図る職責を負うのであって、特定の系統の労働組合の利益のために奉仕することが要請されているのではない。

ところで、都労委では、従前、不当労働行為救済申立事件において、申立人の希望どおりの労働者委員が調査、審問手続や和解手続に参与するという取扱いがなされており、反連合系、非連合系の労働組合、労働者からの申立事件が多数を占めていることから、労働者委員の間の担当事件数に偏りが生じていたことは、前記(一)で認定したとおりである。そして、この不当労働行為救済申立事件における労働者委員の参与委員への選任の方法を前提にすれば、反連合系、非連合系の労働組合の推薦を受けた労働者委員を増加することが右の事態を改善するための一つの現実的な方策であることは否定できないものの、労働委員会や労働者委員の前記権限、職責に照らせば、それが唯一のあるべき方策ということもできない。いずれにせよ、そのような方策をとるかとらないかをも含めて、都知事の自由な裁量に委ねられているというべく、本件任命行為直前の都労委の状況を前提にしても、原告組合らの推薦する候補者を一人も任命しなかったことに裁量権の逸脱又は濫用があったということはできない。

(四) 原告らは、成嶋委員らが不当労働行為救済申立事件の担当事件数の平準化と称して、申立人の希望どおりの労働者委員を参与させるという従来の慣行を一方的に破棄し、都労委に混乱を生じさせたのであり、労働者委員として不適格である旨主張する。

しかし、(三)において判示したとおり、不当労働行為救済申立事件において、申立人の希望どおりの労働者委員を参与させるという従来の取扱いが、労働委員会、労働者委員の権限、職責に照らして、果たしてあるべき正しい姿といえるかどうか疑問なしとしないし、労働者委員間の担当事件数に偏りがある以上、これをどのように是正していくかは、専ら都労委の責任と権限において決定するべき事柄であって、その過程において、成嶋委員らが担当事件数の平準化のために主導的な役割を果たしたからといって、これをもって直ちに労働者委員として不適格であるということはできない。そして、他に成嶋委員らが労働者委員として不適格であると窺わせる事情は見当たらない。

(五) 右に検討してきたところによれば、本件任命行為当時における労働界の現状が連合対全労連の対立、対抗構造になっており、都労委に係属する不当労働行為救済申立事件も反連合、非連合系の労働組合や、連合系労働組合の中でもいわゆる反主流派と呼ばれる労働者によるものが多数を占めているという状況にあったことを考慮に入れても、結局のところ、原告らの主張する諸事情はいずれも本件任命行為の不当をいうにとどまるのであって、本件任命行為が労働者委員の推薦制度の趣旨に照らし、その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したということはできない。そうすると、都知事が本件任命行為を行うにあたり、職務上の法的義務違背があったと認めることはできないから、本件任命行為に国賠法上の違法はない。

二  結論

以上によれば、本件任命行為が違法であることを前提とする原告らの本件損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官萩尾保繁 裁判官白石史子 裁判官島岡大雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例